外務省志望から一転

 東大法学部を卒業し、コロンビア大学へ留学する鈴木悠平さん。なぜ彼は、国内大学院や就職という選択肢を選ばずに留学するのか。鈴木さんへのインタビューからは、トレンドや世間の常識などに流されず、自分の足で進もうとする意志が感じられた。
―官僚志望から、一転したそうですが?
 海外大学院を志望するのは、まさに行き当たりばったりの決定だった。それまでは国一を受けて外務省に行きたいなと思って勉強していたが、「このまま霞ヶ関に行って東大卒の知り合いばかりの環境だったら、甘えてしまいそう。ずるずると仕事続けて、そこそこのおっさんにしかならない気がする。若いうちは厳しい環境に身を置いて鍛えた方が良いんじゃないか」と考え出して。特に先の見通しがあったわけではないが、国一受験を辞めた。今思えば無謀だったと思う。
―無謀な挑戦と思えた決断、今はどう思いますか?
 現在、過去の自分が全く予想だにしなかった展開を迎えているが、それでも僕は、これからの留学生活に期待を寄せ、前向きに準備をしている。僕の周りで起こる色々なことが、一本の線で結ばれ出したからだ。公衆衛生大学院のオファーをもらった直後の3・11。4月半ばに先輩に誘われるままに宮城県の牡鹿半島へ。その後色々あって、100人以上で構成される復興支援プロジェクトのまとめ役になってしまった。被災地にはこれから衛生・健康分野で様々な課題が噴出する。ある意味最先端のフィールドワークだ。今年のクラスの中で被災地の現状をつぶさに見られるのは僕ぐらいではないだろうか。それ以外でも、留学するにあたって多くの人が人や情報の紹介などで力を貸してくださっている。自分ではこうなるなんて予想も意図もしていなかった。それでも結果として貴重な機会に恵まれ、いつしか歯車ががっちりと噛み合っている。流れに身を委ねること、他者の声に耳を傾けることは、主体的に行動すること以上に大切で、有効なことなのかもしれない。
―留学に対する不安は?
 上述の通り、出願を決めた時は、大きな決断、人生の転機だと思っていたが、留学が決定した今、あまり海外大学院留学自体を特別なものだとは感じていない。実務を数年経験した者が通常行くとされるプロフェッショナルスクールに学部卒で行くということ、日本人がほとんどいないコロンビアの公衆衛生のスクールに行くこと、端から見たらいわゆる「マイノリティ」だろう。だけど、これはある先輩に言われたことだが、「周りに日本人がゼロか1000人かに関わらず、自分の人生という意味では常にオリジナルな一人」だし、就活や若者の進路トレンド上で多数派か少数派かなんて、本当はあまり意味が無い。数多の出願者の中から、たった一人しかいない自分が、どう評価されるか、に尽きる。世間から僕がどう思われるか、なんてどうでもいい。個人として、闘っていく。それだけだと今は思っている。
※インタビュー後、鈴木さんは大学院入学を1年延期し、宮城県での復興支援活動に注力することに決定されたそうです。

■取材■
 東京大学/馬場嵜